見ることを大量に減らさないと、読むこと、書くこと、語ることもまたものすごく減らさないと、創るための十分な時間は得られないかもしれない。 この断言がハズレとなる現実のありようなんて100万通りもあるけれど、料理していてあ、今塩はこれ以上いれちゃだめ!とふと確信するとき、たいていの場合いい塩加減になっているように、瞬間瞬間存在する真実について、人間の感覚はそれなりに信用できる精度を持っている、と確信したい。 Tweet Share +1 Hatena Pocket RSS feedly Pin it - 感覚 仮装(想)の自己前の記事 ないということ次の記事