カタツムリは、押さない

最近、コンセプト、テーマ、意味を意識しないで絵を描くことに努めているのだが、これらをギリギリと考えても(自分の場合)「小人閑居して不善を成す」のテイになるのが関の山ではないかという「ほぼ確信」が生じてきたからである。

子犬を動かそうと思って押すとこっちの手に絡んでくるだけだし、カタツムリなんか押すと逆に止まってしまう(想像)。あれと同じで、自然にしといた方が、動く。どこかへ行ってしまったり、ゆっくりだったりはするかもしれないが。
ここでいう動くとは、ものが出来ていくということ。

で、コンセプト、テーマ、意味というものは実はゼロになんかならない。自分のどこかでこんこんと湧き出てかつ変化しており、「考えて」できるのは、恐らく邪魔だけ。

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