ハエの恩恵 

恵比寿と渋谷の間にあるビストロでひとり食事をしていたとき、他に二組ほどの客がいるのに自分のまわりだけ一匹のハエがぶんぶんと飛び回り、テーブルや近くの壁を闊歩するだけならまだしも一瞬でも気を抜くと飲みかけのワインや料理の中に飛び込みそうになるので注意しているだけで疲労困憊してしまった(ちなみに料理はそこそこだが、味わうだけのこころの余裕は皆無)。

で、1杯1000円なりのボルドーのグラスには外壁とはいえ飲み口の近くにしっかりとまられてしまい、店の人に「あのー・・」と言って換えてもらったりしたのだ。

自分だけなぜかくもハエに気に入られたのかを考えた。他のテーブルには話の内容からはファイナンシャル・プランナーであることが1ミリの疑いもなく明らかな、自分と同年輩の女性3人、もうひとつのテーブルには多分地方から来ているらしい親戚だか家族関係の人々のやはり3人組。彼らが私のように15秒ごとに顔の前で手をふりまわしたりしていないところをみると、ハエはことさらに私及び私の食しているものだけを好んでねらってきている!

想定できる理由は10個くらいあるかもしれないが、自分がかなりアヤシイ・・と思ったのは、彼らが喋り、私がひとことも言葉を発していないことだった。都合よく携帯に電話でもかかってきてハエが退散してくれれば検証できたかもしれないけど、検証のためにわざわざ自ら電話をかける程の根性及び科学者的実証を重んじる心性を持ち合わせていなかったので、「ハエはにぎやかに話している人々がきらい」という仮説をうちたて、とりあえずこれは正しい、と自分にしてはめづらしく決然と判断することにしたのである。

さらに食事が進んだころ、ハーブティーや一緒に供された一口大のチョコレートが残っているにも関わらず、ハエは突然やってこなくなった。眠くなって寝てしまったのかもしれないし、彼ないし彼女はハーブティーとチョコは歯牙にもかけてないのかもしれない。新しい仮説が際限なくでてきて頭のCPUはやき切れそうだったけど、ふと考えると2000円分のワインを1000円で飲んだ自分はハエさんのおかげて何のソンもしていないのだった・・。

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