月におびえる

少し前だけど、打ち合わせからの帰り道、自宅の最寄駅のそばを歩いていてふと空を見上げたときに、あれっ?と思った。月がなんだかヘン。

どういっていいかわからないが、カゲの入り方がいつもと違う。

まだ薄暮といっていいほどの、暗くなりきっていない曇りがちの空の中に、それはでっかく不吉な感じで輝いており、いわゆる半月という状態なんだがいつもとは微妙に違うのである。

「半月お月さまブタの鼻」という子供の頃聴いた歌を、盛り上がってきた不安感とは似つかわしくない感じで唐突に思い出しながら周りをみたら、たくさんの人が携帯やらカメラやらを構えて路上でソレを撮っていた。どの顔にも妙な緊張感が漂い、穏やかな顔つきの人はひとりもいない。きっと、雲のかかり具合がめづらしい感じになってるだけ!、と自らを必死に慰めつつ不安はいやが上にも高まって恐る恐る月のどこがヘンなのかそれでも気丈に観察すると、ブタの鼻っていうくらいだからほぼまっすぐであるべき黒(カゲ)と白(月の明るい部分)との境目が、ありえない妙な弧を描いていることに気づく。

もしかして月に何かがぶつかりそうになってて、くだけちゃって地球が滅亡するかも、という観念が、去年?みた「メランコリア」という傑作ゲージュツ映画の記憶とともに襲ってきた。とうとう本格的にコワくなって頼りになりそうな知人に電話をしようと衝動的に携帯に手をのばしたが(滅亡するんなら電話したってあまり直接的ヘルプにはなんないけど)、同時に今晩のご飯はどこにしようかと駅ビルの中に歩を進めていった自分である。月が砕けたってもそれがどれくらい地球に影響するかを科学的な意味では知らないなあ、と考える程度の冷静さを保ちつつ。

さて、自分がいまだかつてその味に満足したことのない、最後の晩餐にしてはあまりにおそまつな力の抜けたイタリア料理店に向かう途中で、滅亡しそうな勢いならきっとニュースになってるよね、と思い、めったいにつながないがゆえにやりかたがよくわからずにもたもたしながらガラ系携帯のニュースサイトになんとかつなげる。「月」と入れてみると、なんということもなく、「月蝕」のニュースが上位のすべてを占めていた。こころのどこかでは期待していたと言えなくもないが、実の処あまり、というかほとんど意識の表層には上ってきていなかったその情報を読みながら、期待通りの多分原価率3%位のまずいワインを飲んで、この夜は一件落着。

件の知人にことの顛末をメールしたら、「考えすぎ!!」だそうだ。多くの人は謙虚というのは人の資質として優良なものだと思っているだろうが、私は自分のことを潜在的には天才ではないかと思っている。ただしこういうムダなことに貴重な脳細胞を使わなければ、の話。そしてほぼ四六時中、こういうことに派手に脳味噌を使っているのが私という人間なのである。

月の異変におびえまくった話をした知人は、新聞に出てたでしょ、と言った。しかし自分がチラ見している日経には出てなかったか、出てても数行程度だったろう。月蝕にだって多少の経済影響はあるかもしれないが酷暑や暖冬ほど顕著ではなく、日経は月蝕に大部の記述をさくほど暇じゃない。だいたい、大地震のときもベクレルの話が日々ろくに出てなくて、月が多少ヘンどころでなく毎日びびりまくって早急に故郷の北陸の地に逃げ帰り、東京に戻ってから業者に5万円支払ってベランダを完全に洗ってもらった自分が日経をとってたのは幸いなことであった。知人がその頃見せてくれた朝日はベクレルの記事が満載で、ひとつかふたつそれをみせられただけで自分は震え上がっていたのだから。

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