リテラシー

能天気にも原発問題はもっと素早く解決すると思っていたという話を以前書いたが、先日会った広島出身の知人によると、広島の方の多くはこの問題は長くかかることを認識できていた、というのである。原爆の被害を受けたために、核に関する教育が行き届いているからリテラシーのレベルが違う。

今必要とされるリテラシーは政府や東電の情報をどう読むか、その読み方をどう磨いていくかということか。彼らの情報に関する行動の取り方については事故発生以降の経験がかなりたまって民衆の理解も深まってきていることだし。戦時下の大本営発表と違って、今は比較的多くの事実・データが様々なところで入手できるのはまだしも幸い。

大江健三郎のニューヨーカーへの寄稿を読んだ際、ヒロシマと原発をつなげるというのはいかにも文学者的な感性だ、と感じた瞬間があったが、ある視点をとればこれらが多くを共有している事象であることは、疑うべくもない。

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