考える術を知らない

今般のコロナ問題の日本の政府の対応については今の処ごく高い評価はしかねる流れだけれども、結局「考える術」というものを人は大勢において知らないんだということが個人的にはっきりわかったところが興味深い。

大事なこととそうでないことを区別したり、望む結果を得るために一番効く施策をある程度適切なタイミングで実行したり、関係する人々に腑に落ちるコミュニケーションを丁寧に明確にデータに基づいて、時にはがっつりと感情なんかにも訴えつつ行ったり、対処の相手や内容が多くてもロジの効率を保つために当然必要となる技術方面の準備をしておくことなど(ファックスってないなあ・・)、政府ほどには世の中に影響力のない自分とはいえ、かなり似たような課題として思い当たる節があるとこが問題だ。笑いごとではないフラクタル状態である。

因みに、少なくとも自分の世代においては、「考え方」の授業というものはなかった。ロジカルシンキングとかとにかく何か一つでもいいから、そういう授業があったりすると、キッカケ的にはいいような気がする。最初から利口な人というのは時たまいるかもしれないけど、大抵の場合、訓練と経験でそっちに近づいていくのだから。

同じカテゴリーの記事

  1. 嘘っぽくない

  2. 三密とアナログ

  3. マスク会食がムリならば

  4. 政権が変わっても

  5. なぜに・・・

  6. 文化的「国力」

Blog「原初のキス」