幻の垂直線

少々忙しくて部屋の中がとっちらかってきた時、自分は全ての物品をできる限り水平か垂直にとりあえず並べるの術、を実行する。
そうすると斜線ばかり目に入るより明らかに落ち着いてくる。

恐らく体軸とかそういうことに関係があるんだろう。
体軸は、重力と対峙/適応したり、身体表現なんかだと体軸と重力は語り合ったりするものではないか、と推測するが、体軸に大きく関わるであろう構造体、例えば背骨に代表させるなら全然「まっすぐ」じゃなく曲がっている。でも体軸っていうのは日頃はすんなりとほぼ真っ直ぐの感じがする訳だ。その幻の垂直線に自分が今見てるものを沿わせると、気分がいいのである。
以前勉強していた小笠原流礼法では、歩きなが方向を変えるときはゆるっとした円を描かず踵を直角に巡らして真四角に曲がる。そういう時もキリッとした心持ちになったっけ。

そういえば、昔アレクサンダーテクニークのレッスンをしてもらっていた舞踏家のイムレ・トルマンというスイスの人が~この人は大野一雄に師事していた~「我々は軸の周りを回っている」と言った。自分の中だけに仮想の垂直線を持っていると感じるより、こちらの方が随分と洗練された感覚であり理解であって、とても美しく感じる言葉である。

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