レベッカ・ホルン展@東京都現代美術館

知人のひとりがこの展示を「つまらない」と言っていたのだが、私自身はとてもおもしろかった。それでも色々と思うところあり、つまらないと感じる向きがあるのもわからないではない。

まず思っていたよりジミだな、というのも一つ。動く作品が多いが、今の日本の時間感覚からいうと、なっかなか動かない。例えば、天井から吊られた有名なピアノの作品は、鍵盤が出るところは見たけれど、しまわれるところはしばらく待っていたもののしびれを切らし部屋を出てしまった。

実は私は彼女のインタビュービデオを何十回も見る程、彼女の作品には興味を持っている。ビデオではクライマックスの所が中心になっているので、ものすごくインパクトが強く感じるが、実際その場にいるとかなり淡々として自然な感じ。映像作品は当然どんどん動くのでまた違う印象があるけど、インスタレーション・立体作品については作品に流れている本質的な時間を今の日本に生きる自分とチューニングするのが生理的に少々難しい感じでは、ある。

もう一つ、少なくとも今回展示されている作品は、外形的にもコンセプチュアルにも、あまり多様なことはやっていないということだ。さまざまな試みのあるゲルハルト・リヒターなんかとは印象がだいぶ違う。機械に仮託された生命というか、機械という強固な物質性(と見えるもの)と生命のはかなさが意識の中でシンクロするような奇妙な象徴性。

ただ、時間感覚も、多様なことをやらないでシンプルな立ち位置に居続けることも、彼女自身の中に深く根づいたものからきているのを直感的に感じる訳で、その真摯さがすごい強度をかもしだしている。さらにその結果表出されているイメージが確実に世界の真理につながっていることも。だから、結論としてはやはり大変におもしろかったのである。

さて、女性の創るものは多少なりフェミニズムというか、ジェンダー・アートの趣を帯びるのはどうしてだろう。キキ・スミスやルイーズ・ブルジョワなどもしかり。並べて書くのもおこがましいが自分の創るものもしかり。

思うに女性とはつくづく、自分という現実からは離陸しづらいが、その離陸しづらさをもって逆に世の真実をあらわにする、ということもあるのだなあ。女性は古今東西延々と縛られていて、それは必ずしも社会や政治システムによってではなく、一種の自縄自縛なのではないか、論理的にはうまく説明できないけれど、彼女の作品を見ていて、まざまざと、そう感じた。

レベッカ・ホルン展 東京都現代美術館

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