よく見ない、考えない

「頭のすみにおいておく」、というのは明らかに一種の技術である。それでうまくいくことがたくさんある。

例えば作品のテーマ。「テーマとは、そこに向かっていくものではなく、そこから出発し、追い風としていくものだ」、という美術家北川健次氏の言葉を前に引用したが、テーマって、向き合ってしまうと、表現の幅をどんどん狭くする方向にしかいかない。「クリスマス」について正面きって考えると、緑とか赤とか、サンタクロースしか見えてこないように。クリスマスの絵を創ろうと思ったら、直接は関係のない素材をいじりながら、クリスマスのことを少しだけ忘れないでいる程度がいい。そうすると、ステレオタイプでないクリスマスが、現れてくるのを邪魔しないでいられる。

「見渡せば花ももみじもなかりけり」と聞けば、そこにない花やもみじのイメージが眼前に展開するように、見ようとすれば隠れ、見まいあるいは見えないと思うと現れるのがイメージの性質だ。向かうと離れ、そっと横にどけておくとなまなましくほんとうの姿を現わす。このことをいやがるのではなくて、喜んで一緒にいる、その感覚をつかみたい。

皆絵って特に創るときは、穴のあくほど見て、深く考えるのが重要だと思っている。そういう場面も確かにあるけれど、それだけがすべてではない。軽いかまえで、ちょっと横目で見るような感じ、それがよい結果をもたらすことも多い、というか、少なくとも自分の場合、調子のいいときはほとんどそればかり。

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