やる気について再び

やるぞーという気合みたいなものは何事においても基本不要なんではないか、という仮説を自分は持っており、以前書いたこともある。やるぞーというのは物理的側面としては筋肉の緊張を伴っていると思われる。そうして比較的気合がないとできないことをしようとしている場面で現れやすいことも勘案すれば、そういうそこはかとない不安とも関わっていて、緊張だの不安だのそれらがなくなれば気持ちも楽になりパフォーマンスもあがるんじゃないかしら、と考えているのだ。

ただし、やるぞーという気分が好きな人というのもいるようで(仮にアドレナリン系と呼ぼう)、そういう人は思いっきりやるぞ感を楽しめばいいと思う。

脳科学の苫米地英人さんという人が、感情って現代人にとっては一種の娯楽として楽しめばいい、というようなことをおっしゃっておられて目から鱗だったが、アドレナリン系の皆様は存分に楽しめばいい。

でもそもそもやるぞって、感情なのかな。どっちかって言うと肉体的な感覚に近いような気がするが、無理やり感情と関連づけるなら喜怒哀楽でいったら何なんだろう・・・。

相手(仕事など)をやっつけてやる、みたいな点からすると、微妙な「怒り」感覚が混じっているような気がする。

 

 

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