ハドリアヌスと副交感

ハドリアヌス帝というのはローマ帝国全盛期、軍事と共に法律・文学などにも優れ人格高潔にして神のごとくあがめられた賢帝だが、歴史音痴の自分がこういうことを知っているには訳がある。女性として初めてアカデミー・フランセーズの会員となった小説家マルグリット・ユルスナール(1903 – 1987)の代表作の一つが「ハドリアヌス帝の回想」であり、これは自分の昔からの愛読書のひとつなのだ。

なぜ好きなのかといえばこの本が超絶的効力でもって自分を「落ち着かせてくれる」からである。死を間近に控えたハドリアヌス帝自身の言葉として語られるその大理石のように硬質で豪奢な文体、高貴なる浮き世離れ感それなのにまさしく真実そのものであるという感じは、生きていく上で免れない仕事や用事、その他さまざまな些事に翻弄され交感神経酷使系の自分をその一行でも読むや否や副交感神経が平和に支配する別世界に運んでくれる。いやむしろ「何やってんだ私・・」と我に返らせてくれるというべきか。

例えばこんな風(自分が持っている白水社刊 多田智満子氏訳より抜粋)

「規律正しい生活には必ず閑暇があり、自由な時間を作り出せぬ者は生き方を知らないのである。」

「わたしがローマをあまり愛さないといって人々は非難する。しかし、国家とわたしとが互いに力を試しあっていたこの二年間、狭い街路と雑踏する大広場と、古い肉の色をした煉瓦のこの町は美しかった。」

「永遠をめざすあらゆる人間の創造は、偉大な自然の事物の変わりゆくリズムに自分を合わせ、星辰の時間に合い応じてゆかねばならぬ。」

ハドリアヌス治世下の通貨には以下の文字が刻まれてあったとこの本には書いてある。即ち、

人間性(フマニタス)
自由(リベルタス)
幸福(フェリキタス)

この分かちがたく相関しあう3つを、自分の座右の銘にもしたいものだ。

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