沈静の理由

先に、年末雑感と称して記事を書いた際、クリスマスとイリュミネーションを一緒くたにしてしまったが、その後私は引き続き観察及び思索を続けていたのであった。

正確にいえばイリュミネーションの方は盛り下がっていなかった。陰に隠れてしまったのはクリスマスだ。

その理由は、イリュミネーションはクリスマス、年末並びに正月を一挙にカバーできるので、クリスマスだけターゲットとする飾りより経済効率がいいからである。

日本におけるクリスマスってばもともと資本主義的だが更なる資本主義の追求により影が薄くなってきたとは、ちょっと皮肉。

ちなみに自分はクリスマスに全く関心がない(季節モノに興味がないことは元旦にいきなり去年の暮れの話をしていることでも明らか)。

えー、ぢや、プレゼントの交換とかそういうほのぼのしたことにも無関心かつ無関係なのか、と問われれば、そうである。誕生日ならまだ理解の範疇だが、なぜクリスマスにキリスト教徒でない人がプレゼントの交換をする理由を見いだせるのかが、正直昔から不思議だった。

「愛を確かめるための機会として利用している」と言う人がいるかもだけど、ナゾが返って深まる。それならむしろ、年がら年中確かめてる方がいいし、あるいは不定期に突然、「あのね、特に理由はないけどこれ、あげる」と言って何かくれた方が、自分ならうれしい。

ところで、興味がない、ないと言いながら、なぜかクリスマスについて言及した記事がブログ内にたくさんあるのを発見し、自分でも意外である。これもしかしたら単語としてはこのブログ内で最多かもしれない。

・クリスマスによる混雑に迷惑した話
かぶりもの形態をとるツリーを見て驚いた話
・男子は実はクリスマス等には興味がさほどないのではないかという推測について
・クリスマスとダイヤモンドについて考えた
・クリスマスと食事
制作上、正面切らない方がうまくいくということを、クリスマスを例に説明

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