感覚に逆らう

感覚に逆らうっていうのはほんとむずかしい。例えば、音楽や美術、スポーツなどの場合、皆がりがり毎日のように死ぬ気で頑張る、練習する、手や体を動かす、というのが効果的というか必須、という雰囲気がかなりあるんだけど、実際は一拍おきながらやった方がいい。自分のささやかな経験に照らしてもそうなのだが、それなのになぜか、つい「頑張って」しまおうとする。

水泳の北島選手が練習のペースを緩くすることにすごく抵抗があった(でもいい成果が得られている)と何かで言っていた。いわゆる頑張る、というのは皆大変なことだと思っているかもしれないけど、ある種の人々、ある種の事柄に関して言えば、頑張ることはもっともたやすいし、そもそも頑張るという言葉すら浮かばないほど、日常化・無意識化している。ある活動を減らしたり、やめたり、距離を置いたりすることの方が、実の処よほど難しい。

意識的にそれを選択する場合、ほとんどの場合がただ頑張り続けることよりも、100倍も価値があることなんだけど。

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